母の日になぜカーネーションなのか。母の日が制定された経緯について

カーネーションの画像 雑記

母の日になぜカーネーションなのか。母の日が制定された経緯について

はじめに

2024年5月12日は母の日です。

母の日の贈り物っていつも悩みますよね💦

世間では「母の日=カーネーション」って言われていますが、そもそもなんでカーネーションなのか疑問に思ったことはないでしょうか。

そこで、母の日って一体全体誰が決めて、いつからカーネーションを送るようになったのか、その経緯(いきさつ)について調べてみました

「母の日」を制定したのはアンナ・ジャービス

母の日は、1908年5月に米国ウェストバージニア州にある教会で、大規模な母の日の礼拝が行われたことがきっかけだと言われています。

アンナ・ジャービスは、1905年5月に母親を亡くしました。

母の日をいつか制定したいという亡き母の意識を受け継いで、礼拝者に白いカーネーションを配ったそうです。

その後、1914年に米国の議会で、5月第2日曜日が「母の日」として制定されました。

母親 アン・ジャービスについて

アンナの母親、アン・ジャービスは、1858年にウェストバージニア州で母親たちのために乳幼児の病気や衛生状況の改善を支援するための運動を開始します。

その後、1861年に始まった南北戦争の間、戦争で傷ついた兵士の看護活動を行い、戦争後も戦争で分裂してしまったコミュニティを統合するために、Mother’s Friendship Day (母親の友情の日)を提唱する運動を行いました。

母親への思いが「母の日」制定へ

1905年5月の母アンの死をきっかけに、娘のアンナ・ジャービスは母の意志を引き継ぐと共に、母への感謝の気持ちを表するために、「母の日」制定に向けた運動を開始します。

そして、その行動は世界中に広まり、今でも「母の日」は自分の母親に感謝の気持ちを伝える日として、定着しています。

ちなみに白いカーネーションの花言葉は、「純粋な愛」です。

日本での母の日

日本では、1931年には大日本連合婦人会が、皇后の誕生日である3月6日を母の日として祝う運動があったそうです。

第二次世界大戦後、アメリカの影響を受けて、1950年代になってから、現在の5月の第2日曜日が「母の日」として定着したようです。

最後に

日本で定着している「母の日」ですが、振り返ってみると、100年以上も前から続いている慣習で、しかも世界中にその慣習が広まっているのは、どの世界でも母親は偉大だからなんでしょうね。

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